選挙解体新書

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新聞社ヘ届け|被害者の顔写真に報道上の価値はほぼないことを示す研究

 

 神奈川県座間市で起こった9人惨殺事件。被害者の遺族の方たちは、殺された娘の顔写真や実名を報じることをやめてほしいと訴えていたことが報道されています。

座間事件「実名報道はやめて!」黙殺された遺族たちの嘆願 (女性自身) - Yahoo!ニュース

 

 しかし、遺族からの強い要望にもかかわらず、新聞各社は被害者の顔写真を一斉に報道しました。自社商品の売り上げを最優先したように見える新聞社のこの姿勢に対して、当然のように国民から大きな批判がありました。

<座間9遺体>顔写真報道に賛否、新聞社の葛藤 西日本新聞社会部長 (西日本新聞) - Yahoo!ニュース

 

 この厳しい批判に対して、新聞社側も、悩ましい判断だったと自己弁護しています。いわく、被害者遺族の心情は理解できるが、“1枚の顔写真は、生身の人間がこの凄惨(せいさん)な事件の被害に遭った、という現実を何より訴え掛けて”くるため、被害者遺族の心情よりも優先する、というロジックです。

 

 今日のエントリーでは、この新聞社のロジックを真っ向から否定する研究を紹介します。新聞社の自己弁護とは対照的に、事件の被害者の顔写真は、読者に事件に対する強い感情を導く効果はほとんどなく、事件と関係ない中立的な写真と同じ効果しかないことを示しています。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/59/Kilauea_Volcano_Eruption_Newspaper_Page.jpg

 

報道における写真の効果

 

 新聞や雑誌など紙媒体のニュースメディアでは、報道内容を伝える文章に加え写真が使われることが多くあります。

 

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 特定の写真には、報道のメッセージをより強くより伝えやすくする効果があります。例えば、ダニによる感染症の危険性を伝える報道では、ダニやダニに刺された写真があったほうが、読者はダニの危険性を高く認識することがわかっています。

 

 では事件の被害者の顔写真はどうでしょうか。報道する側は、被害者の顔写真を掲載することで被害者への共感や事件への関心が高まり、社会的な意義を持つと言う意見を持っています。

 

 そして、顔写真掲載によって惹起される社会的な関心は、被害者遺族が顔写真を掲載しないで欲しいという要望を無視するほど大きい、というのが報道側のロジックです。しかし、報道側が盲目的に信じている顔写真の報道上の意義は、科学的に検証されていませんでした。

 

被害者の顔写真の効果

 

 セントラル・フロリダ大学の研究者らは、被害者の顔写真に報道上の価値はあるのかということを実験で検証しました。実際のニュース記事(ブラジルでの航空機事故・タコベルでの食中毒)を使って、被害者の写真・被害者の写っていない”中立的な”写真・写真なしの3つの条件で、記事を読んだ読者の受ける印象がどのように変化するかを調べたのです。

 

 調べた項目は、事件を起こした会社の帰属責任・事件への怒り・被害者への共感などです。

 

 その結果、事件報道における顔写真は、読者が感じる印象にはほとんど影響しないことがわかりました。調査したほとんどの項目で、記事を読んだ読者の印象は顔写真の有無によって変化することはありませんでした。多くの項目で、被害者の顔写真は、被害者の写っていない“中立的な”写真と同じ程度の効果しかなかったのです。

 

 筆者らは、この研究の総括として、被害者の顔写真には最低限の効果しかない(minimal effects for victim visuals)と述べています。

 

被害者の顔写真報道は見直すべき

 

 被害者の遺族が公開に反対している場合には、それを上回る大きな社会的な意義がないと、顔写真報道の正当性は成立しないはずです。これらの研究結果は、被害者の顔写真を報道することには、報道コミュニケーション上の価値はほとんどないことを示唆しています。

 

 (ただし、この研究では民間会社が起こした非意図的な事件の被害者写真を対象にしており、殺人事件のように個人が意図的な起こした事件では結果が変わってくる可能性には留意する必要があります。)

 

 今回の座間の事件は、被害者が未成年かつ性犯罪被害者でもある可能性もあります。そのような状況で顔写真を公開するためには、とても大きな社会的な意義が必要だと思われます。

 

 果たして、今回、被害者の顔写真を公開することで、それだけの効果が達成されたのでしょうか。また、報道各社には顔写真報道の効果を検証しようとした試みはあったのでしょうか。

 

 新聞各社では今回の顔写真報道の是非について大きな議論があったと報道されています。しかし、新聞各社に必要なのは、空疎なジャーナリズムの理想論に基づく議論ではなく、このようなきちんとした研究・エビデンスに基づいた議論なはずです。

 

 そうでなければ、顔写真報道には読者の野次馬根性を惹起するための価値しかなく、被害者の写真を、自社の商品を目立たせるラベルとして使っているという誹りを免れません。

 

参考資料

Coombs, W. Timothy, and Sherry J. Holladay. "Does What They See Affect How They React: Exploring the Effects of Victim and Neutral Photographs on Reactions to Crisis Events." that Matters to the Practice: 120.

Coombs, W. T., & Holladay, S. J. (2011). An exploration of the effects of victim visuals on perceptions and reactions to crisis events. Public Relations Review37(2), 115-120.

 

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