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SHINee遺書報道の罪。自殺報道は、これだけ自殺を増加させる

SHINee・ジョンヒョンさんの遺書とされる文書が公開「内側から壊れた」 - ライブドアニュース

SHINeeジョンヒョンさんの遺書公開「私は内側から壊れた」

SHINeeジョンヒョンさんの遺書全文:時事ドットコム

  

 メディアによって自殺報道が繰り返されると、自殺が増加します。これは噂や経験則ではなく、世界各国の統計データによって何度も確かめられている揺るぎない事実です。

 

 そのため、WHOや米国・カナダ・英国などでは自殺報道に関するガイドラインがあり、一部の国では罰則も規定されています。

 

 冒頭に引用した記事をみても明らかなように、残念ながら、我が国では大手マスコミですら自殺を誘引することがわかっている自殺の詳細報道を現在も繰り返しています。

 

 今日のエントリーでは、自殺報道と連鎖自殺の関係を調べた主要な研究をまとめるとともに、自殺を減少させる報道のあり方を模索する研究を紹介します。

 

 

若きウェルテルの悩み

 

 自殺報道が自殺を誘引する波及効果は、ウェルテル効果と呼ばれています。ドイツの文豪ゲーテによる「若きウェルテルの悩み」を読んだ読者が、悲劇的な自殺を遂げた本の主人公ウェルテルに感化され、自殺する事件が相次いだ社会現象にちなんで名づけられました。

 

ちなみに、我が国でも近松門左衛門の曽根崎心中の大流行によって、心中事件が群発したこともこれと似た現象です。

 

 

自殺報道の有害性

 

 では自殺報道は、実際にどれくらい自殺を増加させるのでしょうか。2013年に韓国の研究者が発表した研究によると、2008年に自殺したチェ・ジンシルさんの場合、事件後3週間で905の自殺報道があり、自殺直後には国民の自殺率が1.82倍に増加しました。

 

 その効果は芸能人の自殺ばかりではありません。廬武鉉大統領の自殺でも、自殺直後には自殺者数が前週の1.34倍に上昇しました。このときは360の報道があったそうです。

 

 廬武鉉大統領の場合、自殺の増加は1週間程度で落ち着いたのに対して、チェ・ジンシルさんの場合、8週間という長い間継続していました。単純に計算すると800人ほどが彼女の自殺報道によって自殺したことになります。社会的に非常に強いインパクトであると言えるでしょう。

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 2007年から2010年における韓国の自殺者数/週の推移。チェ・ジンシルさんの場合(上)と、廬武鉉大統領の場合(下)。青い点線は、自殺が起こった時点。reference: The Werther Effect of Two Celebrity Suicides: an Entertainer and a Politician

 

 また香港の研究者らによると、有名な芸能人の死亡による自殺リスクの増加は、アジア圏においては1.24~1.43倍だと推定されています。

 

どんな報道が特に有害なのか

 

 ウィーン大学公衆衛生センターの研究者らは、自殺報道を分類し、特に有害な報道の仕方を明らかにしています。それは、①自殺の詳細を繰り返し報道すること、②自殺の増加は社会問題に関連していると報道すること、③自殺が流行していると報道すること、④自殺に関する噂話を報道することなどです。

 

 我が国のワイドショーでの自殺報道は、この多くに当てはまっていると感じます。

 

自殺を減らす報道

 

 自殺報道の有害性は数多く報告されていますが、自殺を減らす効果のある報道はあるのでしょうか。ウィーン大学の研究者らは、自殺を誘引する有害な報道を分類するだけでなく、自殺を減らす傾向のある報道の仕方も明らかにしています。

 

 それは、①自殺行為そのものを報じるのではなく、希死念慮・自殺願望について考察する報道(いったんは死のうと思ったが自殺を思いとどまったケースなど)や、②自殺したくなったときに相談を受けてくれるサービスについての情報の報道が、自殺を押しとどめる効果があるとわかりました。

 

適切な報道に向けて

 

 数多くの研究によって、自殺報道の有害性は明らかになっています。それだけでなく、適切に報道することによって、報道には自殺を減少させる効果があることすらも示唆されています。比喩ではなく、報道には命を奪う力もあるし、救う力もあるのです。

 

にもかかわらず、我が国の自殺報道は改善の様子が一向に見られません。

 

 確実に自殺者が増加すると予想されるにもかかわらず、自殺した芸能人の遺書を公開するメディアは犯罪的であると思います。朝日新聞(のちに撤回)、時事通信、フジテレビ系「とくダネ!」など大手のマスコミだけでなく、その記事を転載しているブログやウェブサイトも同じでしょう。

 

 著名人が自殺した事実を報道するのは仕方がないにしても、詳細な報道や繰り返しの報道はやめ、自殺を減らすための報道を心がけてほしいと心から願っています。

 

主要参考資料

Niederkrotenthaler, Thomas, et al. "Role of media reports in completed and prevented suicide: Werther v. Papageno effects." The British Journal of Psychiatry 197.3 (2010): 234-243.

http://bjp.rcpsych.org/content/bjprcpsych/197/3/234.full.pdf

Kim, Jae-Hyun, et al. "The werther effect of two celebrity suicides: An entertainer and a politician." PloS one 8.12 (2013): e84876.

http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0084876

http://cont.o.oo7.jp/40_1/p215-20.pdf