選挙解体新書

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テロの遺族は支持政党を変えるのか?9・11後の長期研究

 

 つい先日も、ハロウィンでにぎわうニューヨークで恐ろしいテロがありました。

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 テロリズムは多くの直接の犠牲者を傷つけるだけでなく、被害者の遺族や被害者の隣人に深い傷を与えます。そして時として、遺族や隣人の中から、政策に影響力を持つ政治的なリーダーが生まれることがあります。そのため、このような大規模な悲劇が残された人々の政治的態度をどのように変えるのかを理解することは非常に重要な課題です。

 

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 本日のエントリーでは、近年まれにみる大惨事であるアメリカ同時多発テロ(以降、911)の犠牲者遺族とその近隣住民を対象に、911を経験したことによって、「1. 政治参加の熱意」と「2. 支持政党の変化」の二つの政治的態度がどのように変化したのかを調べた研究を紹介します。

 

膨大なデータから911の影響を調査

 この研究は手法が斬新です。このタイプの研究でよく使われるアンケート調査ではなく、有権者登録の膨大なデータベースを使っています。アメリカでは選挙で投票するには有権者登録をする必要があり、フルネームや性別、住所、生年月日、電話番号、人種、支持政党、人種、政党への寄付などを登録します。そして研究などの用途には、この膨大な有権者のデータベースの使用が認められているのです。

 

 イェール大学の政治学科(Political Science)の研究者は、ニューヨーク州の1000万人近い有権者登録データの中から、911で亡くなった被害者(氏名が公表されている)を探し出しました。そして、有権者データに含まれる住所情報を使って、同じ家に住む家族と、その近隣住民を特定しました。これらの人々こそ911の遺族であり、911被害者の近隣住民ということになります。

 

 最後に、被害者遺族と近隣住民の有権者登録のデータベースを調査し、過去の選挙参加率、政党への寄付、そして支持する政党など情報を取得しました。これらのデータが、2001年のテロ前後でどのように変化したのかを比較し、911によってどのように政治的な態度が変化したかを検証したのです。

 

被害者遺族・近隣住民は政治参加が強まる

 

 分析の結果、911被害者の遺族や近隣住民は、長期的に政治参加が強まっていることが分かりました。テロの遺族や近隣住民は、911以降、投票に行く確率政党へ寄付する人の割合が増加していたのです。その増加は、911直後だけでなく、10年後でも持続していました。

 

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この図は被害者遺族(上)と近隣住民(下)の投票率の変化を示しています。投票に行く確率は、コントロール(911被害者ではない人)に比べて、被害者遺族(図上)では約3%、近隣住民(図下)でも1%程度高いことが分かります。その変化は、テロから11年年経った2012年でも持続しています。

 

テロの遺族は保守的(共和党支持)になる

 

 テロによって、支持政党はどのように変化するでしょうか。

 

 分析の結果、被害者遺族や近隣住民は、911以降に共和党を支持に変化しやすいことが分かりました。下の図は、911後に民主党・無党派だった人が共和党に変化した率【図左】と、共和党・無党派だった人が民主党に変化した率【図右】を示しています。共和党に変化した人が多いことわかります。また犠牲者の隣人よりも、犠牲者の家族でその傾向が強いようです。

 

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テロは、遺族の政治志向を長期間変える

 

 これらの研究は、不幸にも家族や隣人がテロで亡くなった人は、政治志向を長期的に変えるー積極的に政治参加し、より保守的になるーことを示しています。

 

 テロによって、残された遺族の心理状況や行動がどのように変化することを調査した研究は多くありますが、政治的な態度への影響を調べた研究は多くありません。特に、この研究のように、遺族個人を特定した上で無作為に、網羅的に調べた研究は非常に価値があるでしょう。

 

参考資料

Hersh, Eitan D. "Long-term effect of September 11 on the political behavior of victims’ families and neighbors." Proceedings of the National Academy of Sciences 110.52 (2013): 20959-20963.