選挙解体新書

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移民の増加で、市民が排他的になることを証明した社会実験

 

 世界的なグローバリゼーションは、異なる民族間の接触機会を増加させ続けており、その結果として民族間の対立は世界的な問題となっています。例えば、近年ヨーロッパ各国に中東からの難民・移民が増えたことによって、元々の住民との軋轢が増加していることが度々報道されています。

 

 またそれだけでなく、難民を受け入れに賛成するリベラルな住民と、難民を受け入れたくない排他的な態度を持つ住民との軋轢も増えています。イギリスを二分したブレグジットでも、フランスの国民戦線の台頭も、増加する難民の受け入れ反対が大きなイシューになっていたことは記憶に新しいことかと思います。

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 しかし、異なる民族が増えると、本当に人は排他的になるのでしょうか。今日のエントリーでは、一風変わった実験によって、他民族との接触が排他的な態度を増加することを実験的に証明した研究を紹介しようと思います。その実験とは、白人ばかりが通勤する駅で、ヒスパニック系移民(実験協力者)に毎朝お喋りさせる実験です。普段はいないヒスパニック系移民を目にした白人系住民は、無意識のうちに「排他的な政策」に賛成するように変化するのでしょうか。

 

通勤電車を利用した社会実験

 

 異なる民族と接触した時に住民の意識がどのように変化するかは非常に重要な課題です。しかし、実験的に住む場所を操作することは倫理的に許されないので、“本当に”意識が変化するのかはわかっていませんでした。ハーバード大学のRyan Enosは、白人が大勢を占めるボストン郊外の小さな通勤駅を実験対象にすることにしました。普段は顔見知りの白人ばかりが利用するこれらの駅に、ヒスパニック系の移民2人を実験的に配置し、自由にお喋りさせたのです。

 

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 駅を利用する白人系住民たちの何人かは、実験を開始する前に「排他的な政策」に関してあらかじめ質問を受けていました。その質問とは、メキシコからの移民は減らすべき?不法移民であっても犯罪歴がなく職があれば滞在を認めるべき?などです。そして、ヒスパニック系市民が駅で毎日お喋りした様子を見せたあと、同じ質問を白人系住民に行い、排他的な態度の変化を実験の前後で比較しました。

 

 たった二人のヒスパニック系市民の会話は、元々の白人系住民の排他性を変化させるのでしょうか。

 

 

ヒスパニックの会話が排他性を増加させる

 

 結果は目を見張るものでした。たった3日間、普段は目にしない二人ヒスパニック系住民が駅にいることを目にした白人系住民は、排他的な政策に関して無意識に強く賛成するように変化していました。

 

 このことは、他の民族との接触は、その人たちが危険に見える行動をしなくとも、元の住民は排他的な態度になってしまうことを意味しています。おそらく、悲しいことに、人間は自分と異なる社会や集団に属する人を目にした時には、無意識に警戒心を高めてしまう性質を持っているのでしょう。

 

継続的な接触が排他性を低下させる

 

 この実験結果は、民族間の対立に関して悲観的な将来を予感させます。しかし一方で、この研究者は、明るい未来を予想させる結果も提示しています。先ほどの実験結果は、3日間ヒスパニック系の住民と接触した白人たちの結果でした。ではもっと長期間、10日間毎日接触した白人たちはその意識をどのように変化させるのでしょうか。

 

 なんと、10日間ヒスパニック系の住民と出会った白人たちは、出会う前よりは排他的な政策に賛成していたものの、3日間だけ出会った人たちよりはその態度を軟化させていました。

 

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図の説明:移民への排他的な政策に対する賛成度を示す。水色の丸が3日間接触の結果で白抜きの丸が10日間接触の結果。どの質問でも、白抜きの丸の値が低い、つまり3日間接触した人よりも10日間接触した人のほうが、排他性が弱まっていることがわかる。

 

 

 つまり、他の民族との短期間の接触は排他性を急激に増加させるものの、長期間継続的に目にすることで、他民族への排他性は低下させることを示唆しているのです。

  

この実験が持つメッセージとは

 

 私は、この実験は、リベラルと保守との対立に2つの重要な示唆を与えると思います。ひとつめは、普段目にしない人たちと出会った時に人は排他的・保守的になってしまうということです。この反応は、元々人間が持っている傾向だと思われます。ですので、リベラルな人が、移民に対して排他的な態度になってしまった人を盲目的に“責める”のは、むしろ対立を深める結果になると思います。ふたつめは、いったん他民族に排他的になってしまった人であっても、継続的に他民族の人と接触し、危害が及ばないことを経験し続けることで、他民族への排他性が押さえられる可能性を示した点です。

 

 一部のリベラル派が行っているように、いたずらに排他的・差別的な人々を攻撃するのでななく、われわれ人間が本来持っている他集団や他民族に対する排他性や差別心をまず真摯に見つめることが大事だと思います。それが結果として、保守とリベラルの対立や民族間のコンフリクトを抑えることに繋がるのではないかと考えます。

 

参考資料

Enos, Ryan D. "Causal effect of intergroup contact on exclusionary attitudes." Proceedings of the National Academy of Sciences 111.10 (2014): 3699-3704.